Creative: Souka

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草加:草加ブランドを生んだ 革職人の矜持と団結

草加草加ブランドを生んだ
革職人の矜持と団結

エコレザーなど次々と斬新な革のアイデアを打ち出す草加皮革。
その背景を追ってこの地で出会ったのは、職人たちの固い絆だった。

2010年発行 「日本の革 3号」より

穏やかな秋の日差しが綾瀬川を照らし、緑々たる松並木が水面に映る。そんな情緒溢れる草加の光景に、一風変わったオブジェが加わる。世界初・牛革によるカナディアン・カヌーだ。使用した牛皮は成牛4頭分。特殊なミシンで縫い合わせ、水が大敵のなめし革には撥水加工を施すなど苦心の末、23年前に埼玉県は草加市の革職人たちが完成させた。その甲斐あって街のイベントでは市民を乗せて親しまれ、イタリアの皮革展示会でも高評価を得た。だが、牛革カヌーの最大の意義は、「草加ブランド」創出の第一歩になったということだ。
草加ブランド-。草加といえばせんべいを思い浮かべる読者も多いだろう。だが、革は「せんべい」「浴衣」にならぶ草加の地場産業。戦前、東京・三河島のなめし工場が、草加の豊かな水資源と東京近郊という立地を見込んで続々と移転を始めたのをきっかけに、町はやがて革の匂いと職人の姿で活気づき、昭和30年代には革の生産量が全国で4位を占めるまでになった。仕上げ加工、縫製工場も移転、創業した経緯があり、現在では200社近い皮革関連事業所が集まる。しかし、レザーの産地草加の認知度はなかなか高まらず、ある時などは草加市の名産品を取材に来たテレビが革を一顧だにしないこともあった。そうした状況に「草加の皮革産業はこのままでは埋没する」と危機感を覚えたのが、市内で50年近く爬虫類製品を製造・販売している鈴木功さんだ。「草加市の皮革産業をアピールするモノをつくろうと若手革職人に呼びかけ、牛革のカヌー製作に取りかかりました。延べ3週間、革職人10数人が仕事帰りに夜な夜な集まってカヌーを作っていたのは、不思議な光景だったかもしれません。でも、今までバラバラに仕事をしてきた職人たちが共通の目的のもとに集まると、一体感が醸成されます。そして、我々草加の皮革産業はどうあるべきかという問いが生まれてきたのです」
現在、豊富な経験に裏付けされた高い技術が草加にあることを喧伝するLEATHER TOWN SOKA Project teamの技術アドバイザーである鈴木さんには長年、親しく付き合う職人仲間がいる。当時いつものように酒を酌み交わしながら、彼らに草加の皮革産業への思いを切り出した。すると、みなが問題意識を共有していることが分かった。草加皮革のこれからを、全員で考え創りだす日々が始まった。「草加市の皮革産業の最大の特徴は、この地で原皮調達から製品化までできるということ。扱う革も牛、豚、羊ヤギ、爬虫類など多種におよび、加工業者も靴、バッグ、小物など皮革産業のなかのあらゆる業者が集まっています。この強みを活かさない手はない」

日東皮革でつくられた太鼓の革は、能楽堂、歌舞伎、相撲、寺社仏閣など伝統と祭礼の場で広く使われている。バラエティ豊かな草加皮革の一例だ。


草加で何ができるのか?
答えのひとつがエコレザーだった

エシカル、SDGsなど環境に配慮したものづくりは避けて通れず、草加でも例外ではない。多くの業者が力をいれているのが、エコレザーだ。エコレザーとは、環境にやさしい工程でつくられた革・革製品のこと。世界では90年代半ばから取り組みが始まっており、エコレザーはこれからの革のあり方や、皮革産業の持続可能性を考える上で欠かせないトレンドだ。また、ここ数年取り組んでいるのが、土に還るレザー。米ぬかから搾取された「米ぬか油」で鞣した「米ぬかなめし」。その風合いの良さと、屈曲、引張に強い物性を活かして一部実用化されている。
「多くの皮革業者が自発的に環境について考え取り組んでいたことも幸いし、生産化までは早かったですね。確かに、草加の皮革産業は、他の産地に比べて各会社の規模は小さい。だけど、各社が連携して動くことでどこよりも早く確実に、地域の色を打ち出せたのだと思います」

それにしても、異なる製造工程の業者が、一体となってひとつのことに取り組めるというのも、すごい。「もともと草加の革職人は一匹狼なんだよ」と笑うのは、草加市で最初に皮革製造を始めた日東皮革の宮本宗武代表取締役だ。「だけど、次の世代を考えたとき、やらないわけにはいかない。草加レザーが定着すれば、次世代の職人もやりやすくなるだろう」
草加レザーの先駆者としての責任か、後進への気遣いが言葉の端々から伝わってくる。後継者不足はあらゆる産業を悩ます問題だが、少なくとも草加皮革に限っては、後進の育成は順調のようだ。太鼓・鼓の革を丁寧に手作業でなめす日東皮革でも、若い職人が力強く動いている。そして、彼らに引き継がれるのはエコレザーだけではない。

代表作の、クロコダイルのビジネスアイテム。 システム手帳180,000円、革巻き油性ペン36,540円、ペンケース(1本用)48,000円(全て参考価格 日仏友好150周年の記念事業おいてパリで展示されたことも)

牛や豚のなめしを主な業務とする大東ロマンの祝原博代表取締役は、「草加の皮革産業の原動力は〝絆〞ですよ。人間関係が良いから垣根を越えて連携もできる。無理矢理の団結ではないから楽しいんです」と言う。皮からゼラチン原料を製造する河合産業の河合一典社長も、草加の皮革産業の長所に「商売抜きの結びつきの強さ」を挙げる。確かに、草加の革職人同士の関係は実に絶妙だ。それぞれが熟練の職人としての誇りを持ちながら、相手への尊敬をもち続け、まるで小学生が遊びに熱中するように、真剣に楽しみながらひとつの目標へみなで突き進む。そう、エコレザーをはじめとする草加ブランドは、この地盤が形成した職人同士の絆によって、生まれるべくして生まれたのである。

同じなめしでも、ソフトレザー(左)と牛革(右)など、幅広い皮が扱われているのが草加レザーの特徴。職人たちの一挙手一投足が製品の質を支える。


次世代に引き継がれる
豊かな地盤と革の未来像

ところで、草加市では今、皮革だけでなく街も独自色を打ち出している。かつて草加は、日光街道第二の宿場として栄えた。渡辺華山、伊能忠敬、正岡子規などそうそうたる文化人がこの地を訪れ、その記録を文章や作品に残している。こうした活気ある歴史を今に活かすべく、現在草加市では「今様・草加宿」と呼ばれる都市再生計画が市民主体で行われ注目を集めているのだ。
「草加宿は旅人を温かくもてなし、送り出してきた。それは、他地域の人としっかりコミュニケーションを取ってつながっていたということ。草加の皮革産業も、全国に思いが伝わるようなものづくりが必要だ。エコだけでなく機能性やデザインなどからも作り手のメッセージを伝えていかなければ」
先を見据えて戦略を語るのは、伊藤産業・伊藤達雄社長。伊藤産業は羊やヤギなどソフトレザーを多く取り扱うなめし業者だ。最先端のなめし機器を導入、エコレザーの生産に注力する。熟練の技術の継承と職人の絆、そして未来像。草加の皮革産業には、革の新時代に必要なすべてのピースがカチッとハマっている。
長い旅路の途中、「その日やうやう草加といふ宿にたどり着きにけり」と記したのは松尾芭蕉だ。今、草加レザーは「やうやうエコレザーといふ看板」にたどり着いた。旅は続く。だが、草加ブランドを生み出す職人たちの足どりは、かつての健脚の旅人にも負けぬほど確かで、迷いがない。

(左上から)

伊藤達雄さん:伊藤産業(株)取締役社長。伊藤産業は手袋などに使用されるソフトレザーを製造。そうか革職人会の会長を務めるなど、草加皮革の普及に努めている。
宮本宗武さん:日東皮革(株)代表取締役。日東皮革は草加市ではじめて皮革製造を開始。地域の皮革産業を思う気持ちは強く、今も積極的に活動を行っている。
祝原博さん:大東ロマン(株)代表取締役。大東ロマンでなめされた牛皮は靴やハンドバッグなどに使用されている。エコレザーには15年前から取り組んでいたという。
河合一典さん:河合産業(株)代表取締役社長。河合産業では静岡以北から集まってくる豚皮から、ゼラチン原料を作る。草加の皮革産業の若き担い手としても活躍。