Creative: Himeji Leather

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姫路レザー:日本に伝わる、古からの製法を守り続ける 白なめし(姫路靼)の守り神

姫路レザー日本に伝わる、
古からの製法を
守り続ける
白なめし(姫路靼)の
守り神

姫路に1000年以上の昔から伝わる白なめしは薬品を使わないなめしの手法だ。
清流のバクテリアにさらし、塩と菜種油だけで皮を革に変える。
今では数少ない伝承者となった森本正彦さんの工房を訪ねた。

2008年発行 「日本の革 1号」より

最近まで姫路に伝わる「白なめし」は絶滅一歩手前、相撲でいえば徳俵に足を掛けた状態まで追い込まれていた。姫路は日本における白なめし発祥の地であり、その歴史は確認できるだけでも平安時代末期にまで遡る。このなめし手法のいちばんの特徴は、薬品を使わずに川とそこに棲むバクテリア、塩、菜種油、これだけでなめしを完結させることにある。しかし、薬品を使ったなめしがおよそ1カ月で全工程を終えるのに対し、白なめしでは2〜4カ月かかる。その手間のかかり具合から、姫路に数多くあった白なめしの工房は、次々に薬品を使ったなめしに鞍替えしていった。ちなみに白なめしの名前にもなっている「白」とは、なめし上がった革の色のことだ。白なめしを施した革は薄乳白色に仕上がるのである。この色こそ「白なめし」の最大の特徴であり、クロム・タンニンなめしによってその手法が完全に駆逐されなかった理由だ。もちろん、それだけではない。姫路の地でその手法を頑固に守り抜いた職人の存在があったからこそ、我々は今でも白なめしの革製品を見ることができる。古から伝わる技術をみずから受け継いだその職人こそ森本正彦さん、その人である。かたくなにその手法を守り続けた原動力をうかがった。「父親が非常に高い技術を持っていたから、やろな。その技術を超えるまでは違う手法をやるわけにはいかん。やり続ける決意と本気、これが今まで続けてこれた原動力やな」
職人らしく、木訥と語る森本さん。取材時はなめしの合間で実際に作業の流れを見ることはできなかった。「彼岸花が咲く頃は川の水温が高くて、革をさらせないんですわ。一度なめしの作業に入ったらぶっ続けで休むことはできひん。川に原皮をさらしている間はずっと川を見続けないとあかんしな。革は『流れるよう、流れぬよう』に固定するのが肝心で、1分間に20〜25回くらい水の中をなびくように動くのがええんや」

半世紀以上森本さんとともにあるへら掛け台。土台は松に樫の支柱、先端には刃物状の金具がつけられた白なめしに欠かせない道具。

工房の目の前には市川が流れていて、その流れの瀬の部分が、森本さんが革をさらす場所だ。しかし、相手が自然だけに思い通りにならないことも多い。今年は特にキツイ、と森本さんは言う。水温が高すぎるのだ。一度川に漬けたら後戻りはきかないだけに、「川と相談して」川に漬ける時期を見極めるのだという。「遠くで夕立があると増水の前に川石が鳴って知らせてくれる。増水は砂や泥も運んでくるから、それが毛穴に入って革を痛めるんや。それを防ぐためには革をひっくり返すしかない。これも大変なんやで」 無理を言って、工房での作業を再現していただいた。ほとんど仕上がった白なめしの革を手に、森本さんが作業をはじめる。樫の木の先に刃物のような金属片がついたへら掛け台に、銀面を上にした革を載せて伸ばす工程だ。へらがけ、という。それまでの温厚な表情から一変、森本さんは眼光鋭い職人の顔になる。御年68歳とは思えない力強く、素早い動きで革の銀面を伸ばしていく。ひとしきりへらがけをした革を、今度はサバリ木と呼ばれる丸太にかけて、膝に体重を掛けて全身の力を使って伸ばす。作業すべてが大変な重労働だとわかる。しかし、できあがった革は、ちゃんとその重い労働の対価となっている。なにしろ柔らかい。なにしろ美しい。塗装をしているわけでもないのに、革全体が薄緑がかった白色に輝いているのだ。
「この革のいいところはな、お日様が当たっても日焼けせえへんとこや。むしろどんどん白くなる。このなめしは使う者の理にかなってるんや。使えば使うほど白いというその特徴があらわになる。こんななめしは他にないやろ」ちょっと誇らしげに森本さんは言う。

左)へら掛けの際に出る革の削りかす。その作業は革を研ぐよう。
右)50年以上使っているサバリ棒。革を巻き付けて磨くため表面はつるつるだ。

すでに述べたとおり、白なめしの伝承者はきわめて限られていて森本さんの後継者問題もずっと心配されている状態だった。しかし状況は変わりつつある。それは森本さんの後継者が現れるかもしれないということ。言葉少なに語る森本さんによれば、娘婿が手伝いがてら来てくれていて、跡継ぎになってくれるかもしれないというのだ。そうなれば千年以上続く姫路白なめしの歴史は全く中断することなく受け継がれていくに違いない。

白なめしはその独特の色や丈夫さから、甲冑や武具をはじめ馬具や太鼓などに用いられてきた。さらに最近では歴史的な価値の高さはもちろんのこと、革素材としての実用性と魅力が再認識されている。森本さんの白なめしは「姫路靼」の名前でバッグなどにも使われている。
一時は徳俵に足を掛け、表舞台から「押し出し」寸前になった白なめし。今ではエコロジーブームの後押しもあって、逆に巻き返しの気運に乗ったようである。

へら掛け台に革を載せて、銀面を整え革を伸ばす。白なめしは同じ作業を繰り返し行うことで、革の風合いやしなやかさ、美しい「白」を実現する。しかしその手間の多さは尋常ではない。